施主の両親が暮らす実家の隣に、施主家族が暮らす離れの家を設計しました。
敷地は埼玉県深谷市の郊外の市街化調整区域内であったため、敷地を含む周囲は市街地から区分けされ、原風景として保存されたかのように、この土地の古くからの様相を残していました。
同じ区画内には、実家の他にも家庭菜園を行っている畑や、施主の祖父がつくった庭園・納屋などもあり、それらの持つノスタルジーな要素との親和性を大切にしつつ、近隣の市街化区域とは異なったコンテクストを感じさせるような景色をつくれたらと考え、計画をしてゆきました。
農地転用をして新たに宅地として切り取った敷地は、母屋の南西側となり採光や通風の妨げになることが想定されました。
そこで建物を母屋に対して45°斜(はす)に振って配置し、ヴォリュームを低く抑えることで、母屋への配慮だけでなくお互いの視線や世帯間の程良い距離を設けています。
また、庭を囲うように建物を母屋と「くの字」に配置することで、互いの家の溜まりとなる庭に北風や土埃が入りにくい構造となっています。
これは、施主からの要望であった、冬に赤城山から吹き下ろす冷たい北風への対策になっています。
屋根は、母屋と呼応するようにシンプルな切妻屋根をかけ、屋根より一段下がった位置にアプローチから庭側にかけてL字型に軒庇を設けました。
この軒庇は、内と外や母屋と離れを繋ぐ緩衝帯となり、風雨や日射からも暮らしを守る役割を果たしています。
構造は、上り梁の架構とし、屋根形状がそのまま天井の勾配として表れるつくりとなっています。
空間の広さに合わせて設定した天井高さは、現代住宅の一般的なスケールから外れた高い部分と低い部分をあえてつくることで、空間にメリハリとリズムを持たせています。
平面の構成は、生活に必要な機能を最小限にまとめ、暮らしの変化に対応できるよう土間やフリースペース、ロフトといった用途の定まっていない余白の場所を残しました。
あえて決めすぎず、作りすぎないことが施主の暮らしの工夫を助長し、長く家づくりを楽しんでいける要因となります。
施主自身も鉄鋼関係の仕事をしているため、軒庇のスチール柱や棚受け、カーテンレール、ハンガーバー等、鉄部の殆どは施主が自作したものを提供していただきました。
既製品で済ませるのではなく、家を構成する大小様々なパーツに丁寧な手仕事が垣間見えることもこの家の重要な要素となっています。
仕上げには、木材や塗料など汎用性があり、長年に渡って広く流通してきた普遍性のある材料を使用しました。
経年変化も楽しめる素材であると共に、施主の父が現役の大工さんであることも考慮して、今後のセルフメンテナンスを前提とした材料を選定しています。
竣工後少しして訪れると、施主自ら少しずつ樹勢させた地被植物が生え揃っていました。
今後も施主自ら手を加えてゆくことで、施主と共にこの土地で生き、共に成熟してける住宅を計画できたのではないかと思います。