丸山薬局は、京急蒲田駅から伸びるアーケード商店街の、ほぼ端に位置する調剤薬局です。
設計をはじめた2007年当時、蒲田の街では、再開発により新しくマンションやビジネスホテル等が多く計画される等、古くから続くこのアーケード商店街にも変化の波が押し寄せているようでした。
そうした中、丸山薬局も、それまで入居していた建物が建替えられることとなり、1952年から親子3代に渡って薬局を営んできた場所から、道を挟んだ向かいのテナントに移転することとなりました。
クライアントから託されたテーマは「バリ風薬局」という、こちらが予想もしていなかったユニークなものでしたが、蒲田の下町らしい親しみやすさ、アーケード商店街の古き良き華やかな雰囲気や、クライアントの雰囲気に合っているように感じましたし、面白いテーマだと思いました。
新たな移転先は、移転前とほぼ同じ程度の狭い間口のスペースでしたが、その狭い間口に反して、奥行きは長く、この形状を活かして、アーケード街から洞窟を覗き込むようなな感覚で、思わず覗き込みたくなるような空間をつくることができないかと考えました。
話は「バリ風薬局」というテーマに戻ります。
バリ風薬局を実現するため、バリ島について調べていると、バリ島には古くからスバックという伝統的な水利組織が存在し、その働きによって島の南側全体に水量が分配され、緑豊かな自然環境が維持されいることがわかりました。
自然と共生してきたバリの歴史の中で、水の流れを人の生活のために変えることで、島の広い範囲が緑豊かな場所となったという歴史と、人間の健康を薬という人工のもので正常に戻すという薬局の存在との間に似たものを感じました。
この類似点を象徴するものとして、「水」という要素を空間の中で表現することが、「バリ風薬局」というテーマを実現することに繋がるのではないかと考え、入口から奥まで繋がる壁と天井を使い、立体的な波紋の広がりを表現することを考えました。
波紋
波紋は入り口の足元を起点とした、波長600㎜の波をつくることとし、波をあしらう壁と天井と同じ面積のブルーシートを地面に敷き、同心円を描き、それを一波ごとに切り分けたものをガイドにして現場に墨を付けました。
波紋は左官屋職人の繊細な手作業によって施工されました。
波紋の壁と天井には水面を現すものとして蓮の花と葉を浮いているように配置し、裏面に青やピンク、緑の塗装を施し、照明を仕込むことで凹凸のある波紋面に反射の色で表情をつけました。
カウンターは出来るだけ広く、素材も温かみのある木に設定し、お客様も接客側も気持ちよくコミュニケーションが取れるようにしました。
調剤室内は機能を重視し、特に収納を充実させ、膨大な量の薬を無駄なく収納できるようにしました。
バリ風薬局という、一見突飛だと思えるテーマに端を発したプロジェクトでしたが、丸山薬局の人達の心の温かさや、明るく楽しい雰囲気を感じることができる唯一無二の薬局をつくることができたと思います。